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第55回史跡文化財セミナー「甲斐銚子塚から右左口宿」2012.10.21

掲載が大変大変遅くなりました。
お待ちいただいた方には申し訳ありません。
いつもより写真を多めで、報告させていただきます。

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平成24年10月21日(日)に甲府市にて第55回史跡文化財セミナー「甲斐銚子塚から右左口宿」を開催しました。
甲府盆地の南に位置する中道往還の宿場である右左口宿を中心に、この地域の史跡や文化財を訪ねました。

*セミナーご案内

時間:午前10時~午後2時30分
    (希望者のみ オプション 銚子塚古墳 ~15:30くらいまで)

☆見学コース☆
10:00 集合・はじめの会 風土記の丘研修センター前(甲府市)
 ↓
佐久神社→諏訪神社→右左口宿→円楽寺
 ↓
12:50 昼食(円楽寺)13:30
 ↓
向山氏館跡→立石の石碑
 ↓
14:30 終わりの会 風土記の丘研修センター前

《オプション》
14:30 風土記の丘研修センター前
 ↓
稲荷塚古墳→鍋弦塚
 ↓
15:30 銚子塚古墳(終了)

※見学地・説明地は主なところですべてを網羅していません。ご了承ください。

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出発地 風土記の丘研修センター前((甲府市下向山町)

イベント参加者は27名。
秋の行楽シーズンにたくさん開かれているイベントがある中、当イベントにご参加いただきありがとうございました。

天気は晴れ。歩くのにちょうどいい気温でした。

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講師は 山梨県考古学研究会  山崎 金夫 氏です。
地元中道の方でこのような講師をよく頼まれる先生です。

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出発してまもなく…米倉山、小平沢古墳(県内唯一の前方後方墳)、天神山古墳(前方後円墳)を遠くより眺めます。

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佐久神社(甲府市下向山町)
神社には、古墳時代に甲斐の国土を切り開いたと言われる向山土本毘古王がまつられています。

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神社のお祭りは毎年、春分の日に開催され、神楽や舞が行われるそうです。

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本殿は拝殿の後ろの一段上がったところにあります。
本殿は幕末に建てられたもので市の指定文化財になっています。
雲彫刻の板支輪、獅子の木鼻、麒麟彫刻の手挟みなどが施されているそうです(写真がなくてすみません)。

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佐久神社の総代様にもお話しをいただきました。
この神社を少ない檀家で維持・管理されているという苦労話もうかがいました。
境内はきれいに清掃されており、檀家の方たちの深い信仰心がうかがえました。
総代様、お忙しい中ありがとうございました。ご丁寧なお気遣いにもお礼申し上げます。

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佐久神社を出て歩いていると…見覚えのある!?絵柄のマンホールがありました。
ご存知の方もいるかと思いますが、旧中道町の下水道のマンホールは上野原遺跡(右左口町)から発掘された水煙文土器(縄文土器)が6個配されたデザインです。
実物は考古博物館 常設展で見ることができます(展示替えで展示されていない時もございます)。

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ところどころ寄り道(説明)。
諏訪神社へ。

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諏訪神社
駿河と甲斐を結ぶ往還の1つである中道往還沿いの中畑町に所在する神社です。
伝えられているところでは5世紀頃までに遡ると言います。
天治2年(1125)、戦功によって甲斐の国をたまわった、八幡太郎義家の弟、新羅三郎義光が国内を巡見する際、この地に滞在し、社殿を建立したと言われています。

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大永6年(1526)以降は甲斐武田氏の祈願所となったそうです。
右左口宿へ。

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右左口の交差点までやってまいりました。
宿まではまだもう少し歩きます。

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右左口宿(右左口町)
中道往還の宿場町の1つ。
織田信長が往来するため、徳川家康が整備したといわれています。
道幅は4.5m、一軒の間口を四間二尺(約7.8m)に分け、奥行きの長い宿場独特の区画で整備されています。
天正10(1582)年、武田氏滅亡後に徳川家康が中道往還を通り、甲斐に入国しました。
家康が右左口宿に着陣した際に、右左口の村民から手厚いもてなしを受けたことから、右左口の村民に関所の通行を許し、海産物の売買を免税する朱印状を発行し、商業活動を許可する特権を与えました。
今も当時の宿場町の雰囲気が残っています。(セミナー資料より)

中道往還
甲斐と駿河を結ぶ古代からの道のことで、甲府と吉原間(静岡)を約20里(約78km)の最短距離で結んでいました。同じく、甲斐と駿河を結ぶ古道の河内路と若彦路の中間に位置することから「中道」往還と呼ばれ、地区名の由来にもなっています。中世になると、軍用道としても活用され、江戸時代には人や馬による魚や塩の輸送路となり「魚の道」「塩の道」とも呼ばれました。(セミナー資料より)

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下宿。
中道往還の分岐点です。
下宿の道祖神、道標。
「右 甲府ニ至ル 左 市川ニ至ル」

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ここでは、右左口祝の推進委員の方にもお話しいただきました。
その後少し随行もしていただきました。ありがとうございました。

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右左宿を歩きます。

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泉家の泉
上水道が発達していない時代は、地域の生活用水でした。
今でも水が湧いているようです。

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右左口宿の中心地、上宿。
敬泉寺前の上宿の六地蔵附厄除け地蔵。
厄除け地蔵は、下宿の厄除け地蔵(かんかん地蔵)と向かい合って鎮座し、ともに右左口宿を守っていると伝えられています。
その周囲の六地蔵は、元禄9(1696)年の銘があります(現在は4体のみ)。

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その横には見慣れないものがありました。
二股の枝。
亡くなってから50年経って初めて仏になれるとか…その印?記念?のもの?らしいです。
(説明がはっきりしなくてすみません。)

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山崎方代生家跡(右左口町)
「漂泊の歌人」と呼ばれる山崎方代(1914~85)の生家跡です。

大正3(1914)年に山崎方代は生まれました。

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生家跡など各所に方代の歌碑があるそうです。

*山崎方代について(甲府市ホームページ)

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東照神君御殿場跡

天正10(1582)年、家康が甲斐をおさめるために入国した時、右左口宿に1週間滞在したそうです。
その時の仮御殿(本陣)跡です。

ここからの盆地中心を眺めると…だいぶのぼってきたことがわかりました。

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宿を下って円楽寺へ。

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ちょっと寄り道説明。
トンボ…秋を感じました。
季節を感じながら歩くのはいいですね!

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円楽寺の近くにある石造物。

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円楽寺(右左口町)

七覚山円楽寺は、富士講の祖といわれている「役行者」(えんのぎょうじゃ)が修行のため開いたお寺です。

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この山の続きに、円楽寺旧境内があり、六角堂跡などがあります。
数年前は、山梨県埋蔵文化財センターにより調査が行われました(山梨県中世寺院分布調査)。

山梨県文化財センター遺跡トピックスNo.0042
円楽寺六角堂跡

山梨県埋蔵文化財センター 遺跡トピックスNo.0044
円楽寺

山梨県埋蔵文化財センター遺跡トピックスNo.0197
円楽寺の行者堂と富士山

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本堂の中へ。本堂では円楽寺のご住職様にご説明いただきました。

数々の貴重なものを見せていただきました。

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役行者像です。座っている姿でキリリとした表情をしています。
円楽寺の木造役行者及びニ鬼像3躯は山梨県の有形文化財に指定されています。

木造役行者像のレプリカは山梨県立博物館で常設展示されています。

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甲府市指定文化財
六角経筒・泥塔
元亀2年(1571)年

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ご住職様、お忙しい中ありがとうございました。
これで本堂をお借りしてお昼にします。

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お昼を食べて続きを。

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境内の中にはとても大きないちょうの木(樹齢何百年?)がありました。
まだ紅葉していませんでしたが、銀杏の実がなっていました。

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考古博物館 野代学芸員の説明。

野代学芸員は、「山梨県内山岳信仰遺跡詳細分布調査」(山梨県埋蔵文化財センターにより平成21年度~23年度実施)の担当者として富士山二合目(富士河口湖町)など山岳信仰遺跡を調査しました。
その調査の一部を話してくださいました。

*山岳信仰の扉(山梨県埋蔵文化財センターホームページ)

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円楽寺をあとにして、下宿へ。
下宿の厄除け地蔵(かんかん地蔵)。
元禄13(1700)年建立という、県内最古級の厄除け地蔵さんです。
自分の体の痛い部分と、地蔵の同じ部分を石で叩くと良くなるといわれ、このときに出る音から「かんかん地蔵」とも呼ばれているようです。

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厄除け地蔵さんのすぐ近くにあった道標。
向山氏館跡へ。

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途中の風景。向うに向山氏館跡があります。

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上向山集会所横に祀られている道祖神。
「こんなところに道祖神がどうしてあるのか…。」
「自分たちの地域のものもよく気付いて、見て、考えてみてください」と山崎先生。

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向山氏館跡
戦国時代の豪族・向山の館跡です。天正2(1574)年に館跡を寺(清源院)にしたと言われ、現在は広場になっています。
周囲に一部、館の土塁の名残が見られるらしいです。

これで帰路に着きます。

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その帰り道で立石の石碑。
このあたりの地名、たていしの由来と言われる石碑があります。
またこのあたりは遺跡(立石遺跡)です。

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風土記の丘研修センターまであと少し。
気付きました?お花で「勾玉」が描かれています。

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風土記の丘研修センターまで帰ってきました。到着。
お疲れ様でした。
見どころ盛りだくさんのセミナーでした。
参加された方から「史跡文化財セミナーはとても楽しい」とのお言葉をいただきました。
今回のセミナーも満足していただけたようです。

これからは希望者のみのオプションセミナーです。
セミナーのタイトル「甲斐銚子塚から右左口宿」のとおり、国指定史跡銚子塚古墳へ行きます。

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朝10時から今まで歩いたというのにまだまだ元気な方々5名で出発です。

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銚子塚古墳へ向かう間、稲荷塚古墳、鍋弦塚古墳へも立ち寄りました。

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銚子塚古墳は、古墳時代前期の前方後円墳です。

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墳頂へのぼり、説明。
参加された方は、「少ない人数で解説を聞けて(質問もできて)、得した気分」とおっしゃってくださいました。

銚子塚古墳までを含めたコースで約16,000歩歩きました。
1日ありがとうございました。

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2013年03月14日 21:56に投稿されたエントリーのページです。

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