
考古博物館特別展示室にて、7月16日(土)より開催してきました、平成23年度夏季企画展「大陸から伝わった器~山梨の須恵器Ⅱ~」の終了が近づいています。
来週8月31日(水)まで開催中です。明後日、明々後日が最後の土日です。

期間中様々に方にこの展覧会をご覧いただきました。

学校の先生の見学会。

イベントで見学。
夏休みフリーパスポートでの入館で見学。
展示をみてみると…

1.須恵器の登場
これは5世紀前半のものと考えられている山梨県で一番古い須恵器です。米倉山B遺跡(甲府市)から見つかったものです。大甕の一部で、とても大きなものであったことがわかります。
※須恵器は今から約1600年前(古墳時代中頃)に大陸から伝わりました。

5世紀中頃になると山梨県内では曽根丘陵を中心に須恵器の出土例が増加します。

県内で4例しか発見されていない樽型ハソウがここに集結しています。
数少ないハソウも集めて展示しています。

2.古墳に供えられた須恵器
これは四ッ塚古墳群(笛吹市)から出土した大甕です。
古墳の前庭部でバラバラに割られた状態で出土しています。
儀礼の中でそうされたと考えられています。

平林2号墳(笛吹市)からも多数の須恵器が出土しました。
年代は6世紀後半から8世紀まで様々です。

3.山梨の須恵器生産
古墳時代後期(今から約1500年前頃)になると、須恵器が多く使われるようになり、各地で生産が始まりました。
下向窯跡(笛吹市)が最初の窯であるとされています。

奈良・平安時代の須恵器生産。
野牛島・西ノ久保遺跡では、遺物がまとまって捨てられた1号谷から焼け歪んだ須恵器の甕が何点も出土しています。
この付近に窯があったのではないかと考えられています。

天狗沢瓦窯跡で焼かれた須恵器。
天狗沢瓦窯跡(甲斐市)でも須恵器焼かれました。

4.日常で使われた土器
奈良・平安時代の須恵器。奈良時代になると須恵器は日常生活の中に定着したことがわかります。
大塚遺跡や石橋北屋敷遺跡(南アルプス市)からは坏や坏蓋、甕などが出土しています。

須恵器から灰釉陶器へ(須恵器の終焉)
平安時代(9世紀)になると須恵器は次第に使用されなくなり、代わって灰釉陶器が見られるようになります。10世紀になるとさらに灰釉陶器に代わっていき、その後時代とともに姿を消していきました。
夏季企画展「大陸から伝わった器~山梨の須恵器Ⅱ~」
会期
平成23年7月16日(土)~8月31日(水)
会場
考古博物館 特別展示室
観覧無料です。
お見逃しなく。
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